ヒメアジサイの聖地・戸隠へ──本家ヒメアジサイを求めて【ヒメアジサイ調査編】
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ヒメアジサイ好きが高じ、ついに今回、ヒメアジサイの発祥の地・戸隠へ旅行に行ってまいりました。
この記事では戸隠神社周辺のヒメアジサイを探し歩いた記録の共有、戸隠地質化石博物館で維持されているヒメアジサイの様子についてお話しします。
五社巡り、お世話になった宿「宿坊 神原」については別記事へ。
07/05 (日)曇りときどき雨 宝光社方面へ
戸隠神社のヒメアジサイは宿坊街に集中しています。よって宿坊群がある戸隠中社周辺と宝光社周辺を目指します。
今日は宝光社・火之御子社への参拝を兼ね、宝光社へ向かいます。
宝光社方面へ出発
主要道路である信濃信州新線(県道36号)を通っていきます。行きで宿へ向かうのにバスで上った道を、今度は下る要領ですね。
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道路脇に早速ヒメアジサイを発見。
※ヒメアジサイは自生種が確認されていない古い栽培品種のため、植えてある場所は全て私有地になります。敷地に入ることはできないので遠くから観察します。
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この道路、歩道がほぼ無いと言っても過言ではありません。車の交通量も多く、皆さん割とスピードも出すので、あまり歩行者向けの道路ではありません。できるだけ道の端に寄り、周りをよく見て歩く必要があります。
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| 来た道を振り返ったところ |
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長い道路を歩いているせいか、やたら遠く感じます。そんな中、やっと宿坊群が見え始めました。
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戸隠のヒメアジサイはここが違った!
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| お宿 冨岡さんのヒメアジサイ |
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百聞は一見にしかず。今まで観光地で見てきたヒメアジサイとは完全に別物でした。花色は水色というより瑠璃色。まるでセイヨウアジサイのような鮮やかさです。一方でテマリは小さく、枝葉は細くしなやかで、花房の重みで枝垂れる姿など非常に品のある佇まいです。
戸隠に来てよかった⋯⋯!と心から感じたひとときでした。
宝光社参拝を終え、宿坊の街並みを散策
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ひと通り見たので今日の探索はお終いです。
7/6(月)雨 中社周辺へ
神原のお庭散策
今日は朝から雨でした。宿坊のご本尊へ挨拶を済ませ、女将さんに声をかけてからお庭散策へ。何を隠そうここ神原も、お庭にヒメアジサイがあるのです。
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まだ満開の一歩手前といったところです。瑠璃色というよりぱきっとしたセルリアンブルーですね。咲き進むとこの花も瑠璃色に変化していくのでしょうか?
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葉っぱを見る限り、神原のヒメアジサイはニワアジサイタイプのようです。裏も表も毛でざらざら、葉柄は赤を通り越して赤紫色になっています。
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| 裏庭側のヒメアジサイ |
ヒメアジサイは敷地内に3株ありました。
ヒメアジサイ以外にもエゾアジサイ(ヤマアジサイも?)がたくさん植えられていました。
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雨の中、傘を持ちながらマクロレンズのピントを合わせるのは大変でしたが、風情のある景色を楽しめました。これはこれでよい時間です。
中社の宿坊街
中社参拝を終え宿坊へ戻りがてら、中社周辺のヒメアジサイの散策をします。宝光社の宿坊と違って、道路側に生垣として植えてある株が多いです。近くで観察できるので助かります。
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宝光社に比べまだ咲ききっていないものが多いです。標高の差なのでしょうか?
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そんな中、とっても素敵に咲いている株を見つけました。
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こちらのヒメアジサイタイプはまだまだですね。これから咲くのでしょう。
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葉っぱを見る限り、今時の品種のヒメアジサイな感じがします。
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これもヒメアジサイタイプです。麻溝公園のものに少し似ています。
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宿坊極意さんの生垣で、面白い株を見つけました。
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ガクがギザギザです。エゾアジサイにもたまにこういうギザギザタイプがありますので、その血を引いているのでしょう。
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なるほど、これもまたヒメアジサイ。
近くにはエゾアジサイもありました。
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| 奥の方にもたくさんあります |
本日はここまで。
宝光社エリアと中社エリア、両方のヒメアジサイを巡ってみた感想
今回見た中で最も見応えがあったのは宝光社前の「お宿 冨岡」さんのヒメアジサイでした。一方で、宝光社エリアのヒメアジサイは宿坊の敷地の奥まったところに咲いている場合が多く、間近で落ち着いて観察できるスポットがほとんどありませんでした。
比較して、中社エリアは手の込んだ植栽は少ない一方、間近で観察できるスポットが多かったです。特にガクが個性的なものなど、バリエーションに富んだ系統のヒメアジサイを観察したいなら、中社エリアの散策の方がおすすめです。
そして一番のおすすめはもちろん、戸隠の宿坊に泊まることです。宿泊すれば敷地内のお庭は見放題ですからね。
7/7(火) 晴れ 戸隠地質化石博物館へ
昨日とは打って変わって、太陽がかんかん照りです。突き刺さる日差しはさすが高原です。
宿坊を立ち、この旅最後の目的地、戸隠地質化石博物館へ向かいます。
車以外でのアクセス方法は?宿坊神原から約25分・ほぼ歩きなしで直行できるルートを発見!
戸隠地質化石博物館の公式案内では、最寄りのバス停は参宮橋入口(市バス)です。しかしこのバス停から歩くと、およそ45分かかります。とても二泊三日分のスーツケースを引きずっていける場所ではありません。
そこでさらに地図を調べたところ、博物館のほぼ目の前に「農協前(戸隠)」というバス停を見つけました。
ではこれは何の路線なのか。
答えは市営オンデマンドバスでした。かつて長野市が運行していた市バスの路線をベースに、AIシステムを利用したオンデマンド方式に移行したものです。
【主な運行情報】
・予約制(事前に利用者登録必須)
・運行は平日のみ
・運賃は100円(同地区内)または200円(違う地区をまたぐ場合)
・ICカード利用可能
我ながらよく見つけたと思います。通常こういった地域サービスは住民以外申し込めない場合が多いですが、何とこちらは市外在中の私でも利用者登録ができました。
さて、宿坊前の県道を渡り向こう側へ行くと、鉄塔(やぐら)のそばに小さな標識が立っています。
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ここが今回利用するバス停・火の見やぐらです。
私たちが待っていると、ほどなくしてバスがやってきました。早めに来てくださったみたいです。
宝光社まで降りてくるところまでは行きと同じでしたが、そこからどんどん逸れていきます。暗くなったら通れないような険しい山道をひたすら登り続けます。この道のりを200円で送っていただけるのは、本当にありがたいです。
ようやく山道から抜けると、畑がたくさんあるところに出ました。ヒメアジサイがちらほら咲いています。戸隠神社周辺以外でも、戸隠の様々な場所で受け継がれていることを肌で実感しました。
戸隠地質化石博物館に到着
農協前(戸隠)を降りると、博物館は目の前でした。
到着してすぐに、あるお方に迎えていただきました。このブログで何度も話題にしている、あのヒメアジサイの紀要を執筆されたご本人です。実は事前に約束してくださり、ヒメアジサイの解説をしていただくことになっていました。なんて贅沢⋯⋯!
ここからは博物館での体験、実物のヒメアジサイを前にした観察会、時系列順に書いていきます。
博物館見学
入館料200円を払いまずは館内へ。今日は地元の小学五年生の子達が集団見学に来ているそうで、なかなか賑やかでした。
職員さんの解説(小学生相手なのでほぼ号令)を一緒になってふむふむと聞きます。
ところでこの博物館、メインの展示は三階にあるのですが、それ以外の展示物も面白すぎます。
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これ、なんだと思います?
なんと種子だそう。お尻にしか見えません。実際「ヴィーナスのお尻」と呼ばれていたそうな。
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当時の児童の文集もあり、これがなかなか読み応えのある内容でした。
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| 廊下のキャビネットも気になるものがぎっしり |
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| 骨休めしています⋯⋯ |
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| ここにも骨格標本(確かゾウ) |
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| 剥製イノシシがこんにちは |
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| 色んな骨がいっぱい |
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| ゾウの骨 |
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実際に触れるところが楽しいですね。小さい子はきっと喜ぶだろうなぁ。
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廊下にも展示がたくさんあります。
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廊下の端っこまで来たので、いよいよ本展示室がある三階へ。
かつて海だった戸隠
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マガキ、フキガイモドキ、エゾクマキガイ、クニ |
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シンシュウゾウ下顎骨 |
約300万年前のものとみられ、戸隠が海から陸になった辺りです。発見者が戸隠小学校五年生の男の子というのもびっくり。
200円の入館料とは思えない濃密すぎる時間でした。次回はもっと事前勉強して半日くらい入り浸りたいです。
ヒメアジサイ見学──由緒正しい系統を見比べる贅沢な時間
さてさて、この記事のメインのヒメアジサイに戻ります。職員さんと共に、博物館から校庭へ出ます。
まずはヒメアジサイの2タイプについてのおさらい。(資料として2タイプの違いを描いたプリントを頂きました。これは嬉しい⋯⋯!)
①エゾアジサイの手毬咲き変異種「ニワアジサイタイプヒメアジサイ」
②エゾアジサイとホンアジサイの交雑種とみられる「ヒメアジサイタイプヒメアジサイ」
前者は牧野富太郎が戸隠で発見し標本にしたものであり、後者は彼が自宅で栽培していたものと考えられています。
博物館では両系統を含む複数の個体が維持されています。ヒメアジサイ調査の折に、地元の方々から挿し穂を譲っていただいてここまで賑やかになったそうです。
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| ヒメアジサイタイプ |
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| ニワアジサイタイプ |
多様な系統が並ぶ様はさながらヒメアジサイ博物館のよう。ヒメアジサイオタクとしては堪らない空間です。
記事前半にヒメアジサイの写真を山ほど載せた通り、ヒメアジサイは一括りにするには余りにも個体差が大きすぎます。
最近ではニワアジサイタイプヒメアジサイは「ユキアジサイ」とし、ヒメアジサイタイプヒメアジサイのみをヒメアジサイとして扱う動きもあるとか。
ヒメアジサイは本当に戸隠で発見されたのか?
さらに職員さんから面白い話をうかがいました。ヒメアジサイの一系統を譲ってくださった方の一人にアジサイ研究家の方がいらっしゃり、その方の考えでは、ヒメアジサイは戸隠で発見されたのではないそうです。もっと南の地方だったはずだ、と。
この説に職員さんは「あながち⋯⋯」と頭を悩ませておいででした。
というのも、確かに牧野博士の記録では「戸隠採取」と明記されているものの、当時の「戸隠」というのは現在の戸隠地区(旧戸隠村)だけではなく、戸隠山を含む途中の山麓や宿場町も含まれていました。つまりは場所がざっくりすぎるのです。
当時の博士の移動ルートを考えても、善光寺方面から戸隠地区へ、恐らく戸隠街道を通って向かったと考えるのが自然です。その道中で、南の山麓の集落の庭先で咲いていたアジサイに目を付けた可能性が高いのです。
このような経緯から、ヒメアジサイが正確には戸隠ではない、もっと別の地域であった可能性は否定できないそうです。
最後に
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| 真っ赤な葉柄はエゾアジサイの血を引く証 |
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職員さんがとても優しくていい方で、ヒメアジサイのこと以外でも色々お話を聞けて楽しかったです。
何にも代え難い、濃密すぎる時間でした。名残惜しいお別れとなりました。
戸隠ヒメアジサイ紀行はこれにておしまいです。長い記事にお付き合いくださりありがとうございました!




















































































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